片山神社レポ

こんにちは^ ^

鈴鹿権現と坂上田村麻呂繋がりから、気になっていた三重県亀山市にある片山神社⛩へ行ってきました。

名古屋方面から行ったので、東名阪を亀山ICで降りて、すぐそのまま一号線を滋賀方面にぐんぐん進み、「えっ?こんな道?」という様な脇道に入って、少し下ると神社に到着しました。

本当にここであってるの?と半信半疑でしたが、着きました(`・ω・´)

車で神社が見えてくると同時に、ゾワゾワと鳥肌が‥。

とんでもない所に来てしまった感と、内から湧き出るワクワク感。

車を降りて周囲を散策すると沢蟹みたいな可愛いらしいカニさんがたくさんいました🦀

神社に沿う様に、隣に滝の様に水が流れていて綺麗な水が豊富な場所で、美しい苔もたくさんありました。帰ってきて、色々思い出してる時に、あ!天空の城ラピュタだ!と思いました。

壊れたロボット兵と自然界の繰り返すリズムによって、年月を経てきた様な独特な感じが、なんとなく似ているなぁと思いながら回想してました。

https://prcm.jp/list/天空の城ラピュタ、お借りしました。

なので、自然のエネルギーが凄くて、お社の方が劣化しておられるので、そこに神様がいらっしゃるのかどうか?もしいるとしたら、それをどう思ってるのかな?と🧐

水の大きな流れのエネルギーと、てっぺんに存在している大きな磐座のエネルギーが、きっと大昔から存在していたのだろうなというのを彷彿とさせます。

御祭神は、(神社検索さんより)

片山神社鈴鹿権現(ふりがな)かたやまじんじゃすずかごんげん郵便番号519-1101鎮座地三重県亀山市関町坂下 624電話番号FAX主な祭典春祭4月宮司名若林 政子 旧社格連絡先0595-96-0895主祭神《主》倭比売命,《配》瀬織津比売神,気吹戸主神,速佐須良比売神,坂上田村麿,天照大神,速須佐之男命,市杵島姫命,大山津見神ふりがなやまとひめのみこと御神徳雨乞い等由緒延喜式内社に列せられている神社でもとは三つ子山に鎮座ましましたが、度々水火の難にみまわれたので、永仁五年(一二九七)現花地へ奉遷し、鈴鹿神社をも合祀した。鈴鹿神社もまた水害に逢うこと一再ではなかったからである。かくして、奉斎した神社の位置が、名にし負う鈴鹿越えの難所であったので、東海道上り下りの旅人から『鈴鹿権現』として広く崇敬されるところとなり、往来する士民の安全祈願所となった。殊に、早天の年には雨乞いに訪れる集落が四百を越したという。古くは国司の造営もあり、神領も多かったが、戦国の世となってからは横領せられることもしばしばで、亀山城主と信楽代官とが御供米を献ずるのみとなって廃藩の時を迎えたのであった。明治元年(一八六八)九月、明治天皇御東遷の砌、社前に玉輿を留めさせられ、勅使植松権少将をして奉幣せしめられた記録がある。明治四〇年地域内の神祠を合祀して今の姿となった。県下神社の範として、戌申詔書の謄本を下付されたこともあった。特殊神事氏子地域坂下・沓掛・市瀬・中津河宮司記載HP(主)御影画像収集中

鳥居の前に立つと、上から流れてくるエネルギーを強く感じました。

息子が一緒に行きたいと言うので、手を繋いで石段を一段ずつ登っていくと、道中で二手に石段が分かれていて、こっちにしよう、と進んで行くと、大きなカエルが🐸出会えて嬉しい😊

ずっと同じ場所にいる姿が、精霊の様な守り神の様^ ^ニホンヒキガエルかな?

そして、神社の頂上につくと、古いお社と、ものすごく大きな磐座がありました。実は、磐座の近くに昔の釜があったので、一枚写真を撮ろうとしたらピントが合わず、撮るのをやめました。磐座のエネルギーが凄いのだと思いますし、とても神聖な場所だと思います。

祝詞などを覚えていないし、ヒーラーでもないけど、縄文が好きな人間なので、そちらの方へ意識を向けて柏手を打ってお祈りしました。

なので、参拝しに来てそもそも良かったのか?わかりません。😂

なので、好奇心だけで行かれると良くない様にも感じました😭私も好奇心が勝っちゃう方なのですが、自分なりにお祈りさせて頂きました。

いつか行ってみたいと思っていた神社。そしたら、どう表現したら良いかわかりませんが、凄い場所でした。

峠の途中にあるので、昔峠越えをする人が、この神社に無事に越えられる様にお参りしていた場所なのだな、と思いながら、その頂上の更に上を走る道路の、車のエンジン音を聞きながら、なんとなく歴史を感じていました。

話が飛びますが、近隣の四日市市水沢地区は、かぶせ茶のお茶の生産が盛んな地域で、そちらにも近年高速道路が開通したんですね。そこのあるお茶農家さんが、高速道路を作る工事によって、水の流れが途切れるのが悲しいしあまり良くない、という様なことを仰っていたのを、ふと思い出しました。水の流れが大切なのですね。☔️

書いていて思い出しましたが、水沢にある足見田神社という神社の御祭神も瀬織津姫でした。(まだ行ったことはないのですが‥)

鈴鹿の山は、水が豊かで恵まれているということなのですね🏞✨

それと、御在所という名前の通り、神様がいる山なのだと思います。

鈴鹿の山を見ると本当に心が癒されます✨

ところで、話が飛びまくりますが、坂上田村麻呂について、たまたま読んだこちらの本に不思議なことが書いてありました

「坂上田村麻呂は、レムリア、縄文の叡智の流れを汲む陰陽師‥」

「大和朝廷から指令を受けた征夷大将軍の坂上田村麻呂が東北に攻め入った際、現地のアラハバキ系の人たちが争いわ好まないことを知った田村麻呂は、そこで一案を講じました。朝廷の命令どおりに彼らを成敗して根絶やしにするのではなく、自分たちの家来として迎え入れることによって、アラハバキの末裔たちの根絶を防いだのです。」本文より抜粋。

こちらの本には、他にも気になってたことが色々書いてあって興味深いです。

話が飛びまくってますが、戻します。

片山神社の合祀の関係とか、歴史とか難しい部分はわかりませんが、自然の叡智に溢れた、峠を越える人々の祈りの場所だった様です。

鳥居をくぐってすぐにある祠は、倭姫様ではないかな?と思いましたがどうでしょうか?私としては優しい感じがしました^^(全然違ったりして(・∀・)

私はなぜか日本武尊と坂上田村麻呂が同じ様に思えてしまって、調べても調べてもよくわからないんですよね( ;∀;)

私の住んでる四日市には日本武尊関係の歴史ある場所がいくつかあったり、最後は亀山で亡くなられたはずだし、片山神社は倭姫さんがおられるので、一人混乱‥。ただお二人とも道なき道を突き進んだ人というイメージがあります。

ただの歴史オンチ、すみません😅

次は滋賀県にある田村神社へ行ってみたいと思います。

この辺の地域は、三岐鉄道という電車が走ってる位で、名前の通り、三重県、岐阜県、滋賀県の県境にあることで、塞の神、道祖神、猿田彦さん、天狗さん関係の信仰も強めに感じたり、「戸畔の会」というグループさんの発信で、ニシキトベ(丹敷戸畔、縄文時代、熊野地方の女首長)の謎解明プロジェクトという中で、2.3世紀頃、熊野から奈良大和へ加工した魚が運ばれていたことを記すものが出土していて、奈良との繋がりを「魚の道」として辿り調べられたそうで、三重と奈良の繋がりなどを深く紐解いておられたり

都への通過点であり、海の恵みが豊富な土地柄であることから、色んな関係が見えてくるのかなと感じました。

もし、こちらの神社へ行かれる際には、ヒルがたくさんいるので長袖長ズボンと、滑りやすく急な箇所もあるので、運動靴をおすすめします。

では、またレポします。最後までお読みくださりありがとうございました!楽しかった〜