アートに生きる

こんにちは♪今日も気持ちの良いお天気です🌤

今日は、私のブログタイトルにも使っている「アーティスト」という言葉、「アート」について語りたくなりました。

私は特に絵が上手い訳でもなく、わかりやすい所のアートな人間ではないのですが、初めてアートという言葉を意識したのは、20代の頃に訪れた大阪のある場所でした。そこは日雇い労働者の方々が活動される地域で、ある種独特の空気感のある地域です。

何回目かに訪れた時に、なぜか「アート」という言葉が浮かびましたが、それがなぜなのかはわからなかったのですが、私はその土地に惹きつけられて、気になってしょうがなくなってました。

なにがそこまで惹きつけられたのか、後になった今考えると、その土地は、外部の人から見ると、おそらく、世間的な本来の当たり前の秩序が保たれていなくて、独特の匂いや雰囲気に包まれていて、それを感じた人は各々に、ジャッジする人もいれば、私の様に興味を持つ人もいると思います。

その時に、私はこの地域にアートの視点を自分の中に取り入れたいと思ったんですよね。

若い時でしたので、その地域の近辺に私は引っ越し(!無謀)ライターの仕事に憧れていたので、そういった職種の求人を見つけ仕事の面接へ行った時、私はアートの視点を取り入れて表現したいんです!と話しました。面接官の人は、それはなんだか面白いですね。と一瞬興味深そうな表情をしてくれたことを覚えてます。でも仕事の方は不採用でした。その後も、他にも応募しましたが、希望してたライターのような仕事は全然ダメで、中国企業の運営するお店屋さんでチャイナ服の販売員をしました。服も好きなので楽しかったですけど。だから、こうして自由に、言葉を今表現出来ることは、わたしは自分の夢を一つ自分で叶えているんだなと思えます。

アートって自分で言ってるけど、本当はよくわかってなくて。でも最近、シャンタンさんという80代の男性の方の動画を拝見する機会に恵まれ、その方が「意識にとっての最高の形がアート」

だと動画の中で仰られているのを見て、ピコーン💡ときて、自分の中で統合、繋げたくなったんですね。

そこを掘り下げて言語化するとしたら

これまでの先入観やジャッジを外して横に置いて、意識を開くこと。

開いた意識で、物事を見たり感じる。

そこで、最近さらに取り入れていることは、その感じたものの形や色を自分で意識的に感じて見てみること

これは、怒りや悲しみとか、本当は感じたくない感情をきちんと感じるためにやってるエクササイズを、アートに転換するのも良いと思ったんです。

絵を描くとき、いつもいい感じに描こうとする自分をわかってるから、自分の絵に期待してないのです。

それと同じように、いつも周りからの期待値に沿うものを出そうとしていることを乗り越えるには、その意識を横に置いて置いて起き続けるしかないですね。

そんな自分の意識を超えて、肚からシンプルに表現していくことがしたい。

私にとってのアートはそんな意味合いもあるんだなぁと感じてます。

不可思議なもの、面白いものを見つけては好奇心の赴くままに探究し、それを自分の意識を使って表現したい。そんな思いがあります。

芸術とは、表現者あるいは表現物と、鑑賞者が相互に作用し合うことなどで、精神的・感覚的な変動を得ようとする活動。文芸、美術、音楽、演劇・映画などを指す。旧字体では藝術。 ウィキペディア

表現者と鑑賞者がいることで、感覚的なものをシェアしあい、循環が出来ること。

表現の場を与えてくれて、ありがとう。

読んでくれてありがとう。

シンプルにそう思います。以上、わたしにとってのアートな話しでした🖼

今、noteにも散文を書いていて、アート・アーティストへの思いはそちらの方でも同じ記事を載せようかなと思ってます。これからnoteだけにするか、ブログをどうするか、どうしたいのか自分でもまだわからない所もありますが、自分のペースでゆっくり整えていきたいと思ってます。いずれにしても、読んでくださる方に感謝です☺️🌿✨🌷🍀

素敵な日曜日をお過ごしくださいませ🌷✨